『オーガニックビレッジ宣言都市』探訪 -奈良県 宇陀市編-
※本記事はWHY ORGANICサイトより移管した記事になります。
2021年に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」では、2050年までに耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を「25%(100万ha)」に拡大するという目標が掲げられています。2020年時点の実績値が「約0.6%」という現状を考えると、この数字はとても高い目標だと言えます。
その目標を達成するために期待されている取り組みが、「オーガニックビレッジ構想」です。有機農業の生産から消費までを一貫して行い、地域ぐるみで産地の創出に取り組む市町村を「オーガニックビレッジ」と制定。今年の8月時点でオーガニックビレッジに取り組んでいる市町村は91市町村、2025年までの目標である「全国で100市町村」に向けて順調に推移しています。
WHY ORGANICでは、これからの日本の有機農業を牽引していく「オーガニックビレッジ宣言都市」をシリーズとして取り上げ、さまざまなテーマからみなさんに紹介していきます。
▶農林水産省 みどりの食料システム戦略
▶農林水産省 オーガニックビレッジ
日本初の「オーガニックビレッジ」宣言都市・奈良県宇陀市
シリーズの初回は、日本で初めて「オーガニックビレッジ」宣言を行なった奈良県の宇陀市を紹介します。
奈良県の北東部に位置する宇陀市は、大和高原と呼ばれる標高300mから600mの高地にある自治体。夏の涼しい気候を活かした農業が盛んで、水菜、小松菜、ほうれん草などの野菜を中心に、さまざまな農産物が生産されています。豊かな自然環境と大和高原の恵まれた気候から、有機農業に取り組む生産者も多く、地域全体で有機農業の推進に向けた取り組みを展開しています。
そんな宇陀市の取り組みについて、金剛一智市長と山口農園の山口貴義さんにお話を伺いました。
―宇陀市は歴史と深い関わりがある町なんですよね?
―金剛市長
宇陀の地は、古くから「古事記」「日本書紀」等の歴史書に記載されるなど、神武伝承(神武天皇にまつわる記述)の舞台としても知られています。現在の宇陀市は2006年に宇陀郡の旧大宇陀町・旧菟田野町・旧榛原町・旧室生村の4か町村の合併により誕生しました。面積は248㎢あり、奈良県全体の6.7%を占めています。
また、宇陀は日本最初の薬狩の地とも知られ、製薬会社の創設者を多く輩出した薬草の町でもあります。現在も薬草園見学・薬草料理・葛掘り体験がツアーになった薬草ツーリズムが人気です。生薬の「大和当帰」の栽培を進め、6次産業化に取り組んでいます。
―薬草の町とは知らなかったです! 宇陀市は標高300m~600mの中山間地域に位置しているとのことですが、気候の特徴について教えてください。
―金剛市長
冬は季節風の影響を強く受けるため寒さが厳しいですが、夏は冷涼で過ごしやすいです。高原の気候と豊かな森、清涼な水源の豊富な自然環境を生かして、多くの生産者が農業を営んでいます。
主な生産作物は水稲の他、ほうれん草・水菜・小松菜・リーフレタスなどの軟弱野菜を中心に、トマト・人参・大根・白菜・キャベツなどが多く生産されています。農業が盛んであることもあり、学校給食では宇陀産野菜を積極的に利用。2020年の全国学校給食甲子園では準優勝を獲得するなど、美味しいと評判です。食育にも力を入れており、地域の食文化や伝統的な郷土料理などの普及啓発を行っています。
―大和高原の自然豊かな地域で育った、宇陀産の野菜を使った給食は美味しそうですね。その他、特産物や市内の名所について教えてください。
―金剛市長
昼夜の気温差と肥沃な土壌を利用した、宇陀産黒大豆や宇陀金ごぼうも特産です。その他にも毛皮革製品や吉野本葛、大和茶、薬草、ダリア、磨き丸太等があります。特に宇陀市では、大和当帰を中心に薬草を活用した飲食店や入浴剤、化粧品等の加工した特産物もおすすめです
宇陀市は「女人高野」と名高い「室生寺」をはじめとした寺社仏閣がたくさんあります。戦国時代に宇陀三将と称された秋山氏が宇陀松山城を築き、その城下町として栄えた「宇陀松山地区」は2006年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。今も古いまちなみが残る宇陀を代表する名所です。
その他にも、宇陀の春を鮮やかに彩る桜の名所が豊富で、桜以外にも石楠花、菖蒲といった花が大変綺麗です。また、秋には室生寺をはじめとする紅葉が市内を真っ赤に染めるなど、四季折々の見ごたえのあるスポットが点在しているのも魅力の一つです。
中でも、豊かな自然やパワースポットとして人気急上昇中の、室生エリアにある、龍穴神社や室生山上公園、龍王ヶ渕は、神秘的空間でおすすめです。
―宇陀市は歴史や自然を感じられる素敵な場所ですね。2022年に全国に先駆けて「オーガニックビレッジ宣言」をされましたが、その経緯について教えてください。
―金剛市長
有機農業は、堆肥などの地域資源を有効活用したり、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減したりと、環境に配慮した農業を展開する上で大切な取り組みです。
その一方で、有機農業においてSDGsを実現するためには、規格外品の活用やフードロスの削減、増大する労働量に対応する生産性の向上など、さまざまな課題を解決しなければなりません。また、昨今の肥料燃料の価格高騰や、担い手不足に対応するためにも地域資源を活用した高収益化の取り組みが必要です。「オーガニックビレッジ」を起点に、持続可能な農業の振興や、食と農の活性化を通じた魅力あるまちづくりを展開していきたいと考え参画しました。
―なるほど、食への取り組みが盛んな宇陀市ならではですね。現在はどのような取り組みをされているのですか?
―金剛市長
有機農業の生産者や加工業者、市内施設などと連携しながら取り組みを進めています。まずは有機農業の生産者を増やすべく、研修会の開催や参入支援を行っています。また、有機野菜の鮮度を長期で保持できるよう、電場冷蔵庫等の新技術を活用した安定的で効率的な出荷体制を試行しています。
さらにフードロス削減への取り組みの一環として、小松菜・にんじん・サツマイモの規格外品を常温保存可能なペーストにして販売したり、規格外野菜を市内の子ども食堂や福祉施設で利用してもらったりと、地域循環型の仕組みづくりに注力しています。
―生産から加工、物流まで多方面で取り組まれているのですね。今後の展開について教えてください。
―金剛市長
規格外品を利用した無添加無着色のペーストは、珍しさも相まって都内の中華料理店や大阪のしゃぶしゃぶ店などでも活用いただいています。有機野菜と加工品の販路拡大に向けて、PRイベントやフードフェスなどにも積極的に参加し、より多くの方に宇陀野菜ならではの美味しさを知っていただきたいです。
経営者視点の組織戦略で農園をマネジメントする山口農園
宇陀市には環境にやさしい農業、人にやさしい農産物づくりを目指して、多くの生産者が有機農業を営んでいます。宇陀市と協力して、野菜の生産・加工・販売そして農業を学ぶオーガニックアグリスクールを運営する山口農園グループ代表の山口さんにお話を伺いました。
―山口農園の特徴について教えてください。
―山口さん
当農園の特徴として、完全分業化システムを採用していることが挙げられます。生産部・収穫部・調整部などの部署制をとっており、常に欠品なく生産、出荷できるシステムを目指しています。また、昔から有機農業にこだわっており、農薬や化学肥料を一切使わない完全有機JASで栽培していることも大きな特徴です。有機農業は身体に対して安全安心であることはもちろんですが、農薬や化学肥料を用いないということは土の微生物を守り、水や空気なども汚しません。環境保全にもつながり、地球環境を守ることにつながると考えています。
―山口農園のホームページを拝見しましたが、全国でもめずらしい農業生産法人が母体の農業の職業訓練学校も運営されているのですね。
―山口さん
そうですね。全国的に有機農業を営む生産者は限られており、耕地面積でいえば全体の0.6%に過ぎません。有機農業を広めるために「オーガニックアグリスクールNARA」を運営し、有機農業に携わる方を育成しています(※)。また、農業で独立しても生計をたてることは難しく、農業をやめてしまう方も少なくありません。卒業生が有機農業で独立できるよう2013年に「山口農園グループ」を作り、独立後の販路支援や行政との橋渡しなどを行っています。こうした取り組みが実を結び、これまでに10名以上の方が独立しています。
※オーガニックビレッジ宣言に伴い、行政を中心とした新規就農希望者の窓口一本化を目指すために現在は休校しています
―山口農園ではどのような野菜を栽培されているのでしょうか?
―山口さん
水菜、小松菜、ほうれん草など、約10種類の葉物野菜を周年で生産・販売しています。周年で農業を営む場合、さまざまな作物を栽培するのが一般的ですが、繁忙期と閑散期の収量の差が大きくなってしまいます。以前は70種類ほどの品目を栽培していましたが、現在は収穫回数の多い葉物野菜に絞っています。葉物野菜は年間5~6回ほど収穫できますので、仮に虫が出ても撒き直しをすれば4~5回は収穫のチャンスがあります。品目を葉物野菜に絞ることで、こういった病害虫のリスクもヘッジすることができるのです。
―完全分業制、スクールの運営、品目の厳選など、いわゆる生産者的な視点というよりも、経営者的な視点で農業に取り組まれていますね。そういった知見は元々お持ちだったのでしょうか?
―山口さん
妻の実家が当農園を営んでおり、私は婿養子として経営に参画しました。その前はサラリーマンとして、不動産会社やデザイン会社、商社などで働いていたほか行政でも働いていました。その時の組織づくりや仕組みづくりなどの経験が今に生きているのかもしれません。
―全くの未経験からの就農だったわけですね。農業法人を立ち上げるにあたって、苦労した点などあれば教えてください。
―山口さん
やはり販路の拡大ですね。法人を立ち上げて間もない頃は、売上を上げるために飲食店などへ飛び込み営業を行っていましたが、いざ取引を始めても回収できない取引先も多く、与信管理の重要性を再認識しました。現在は一部の個人店を除いて販路をBtoBに絞り、チェーン展開をされている飲食店や野菜の宅配業者に絞って野菜を納品しています。
有機農業の難しさと日本の有機農業が抱える課題とは
―近年のオーガニックブームにより、コンビニやスーパーで有機食品を見かける機会が増えてきました。その一方で、農薬や化学肥料を使用しない有機農業は、収量や品質が不安定で難しいと言われていますよね。慣行農業(※)と比べて、有機農業の難しさはどういったところにあるとお考えですか?
※農薬・肥料を基準範囲内で使用する一般的な栽培方法
―山口さん
通常の農業では育ちが悪かったり、虫が発生したりしたら化学肥料や殺虫剤を用いますが、有機農業ではそうはいきません。種を蒔いたらそこで勝負が決まってしまうので、良い土づくりが何より重要です。
さらに、農薬や化学肥料を使う生産者が多い中で、周囲の理解が得られにくいという難しさもあります。ストイックで思想的といった目で見られることが多く、信頼関係を築き上げていくために地域のイベントやお祭りに積極的に参加して、少しずつ理解を得ていきました。
―栽培以外のところの難しさもあったということですね。有機栽培で農業を始めたいという人も多いと思いますが、日本の有機農業が抱える課題について教えてください。
―山口さん
ひとつ目の課題は「物流」です。2024年からトラックドライバーの時間外労働時間の上限が年960時間に制限されることで、輸送能力が不足すると言われる「2024年問題」が迫っていますが、有機農作物の収量が少ないと効率的に運べないため、コストが割高になってしまいます。いかに物流をとりまとめてコストを下げられるか、といったところがポイントになるでしょう。
また、資材費や燃料費の高騰も生産者を悩ます大きな問題です。生産コストの上昇を販売価格に転嫁できれば良いのですが、取引先企業のほとんどが「着値」での取引を行なっており、最終的には生産者にしわ寄せがいってしまいます。コストに基づいた適正な価格形成のあり方を検討するために、国はフランスの「エガリム法」の調査研究を進めていますが、原価やコストを把握していない生産者も多く、課題は山積みです。
―食の安全や環境に配慮した有機農業に対する消費者の関心は高まっていますが、どのようにご覧になっていますか?
―山口さん
確かに日本でも有機農産物、オーガニック食品に対する関心は高まっていますが、少し形が悪かったり、虫穴があったりするだけで廃棄される野菜も少なからずあります。生産者側からもそうした実態を発信し、消費者の意識を変えていく必要があると思います。
食と農の活性化を目指した地域ぐるみの取り組み
―国内外で食品ロスへのさまざまな取り組みが進められていますが、規格外品を利用した無添加無着色の野菜ペーストはとてもユニークな取り組みですね。
―山口さん
ありがとうございます。当農園では、食品ロスの問題を解決するために、規格外野菜を飲食店や社員食堂、子ども食堂などに卸しています。ただし、野菜は生鮮食品ですから長持ちしません。なんとかして加工品にできないかと考え、宇陀市と一緒に開発に乗り出しました。この野菜ペーストは常温で保存できるのが特徴で、空気に触れても変色しません。ペーストの原料も決めておらず、その日に出た水菜・小松菜・ほうれん草などの規格外野菜で作っています。原料を決めてしまうと、その野菜がない時でも無理をして作ることになってしまい、食品ロスを解決するための取り組みなのに本末転倒になってしまうからです。
―作られたペーストはどういった場所に納品されているのでしょうか?
―山口さん
飲食店や幼稚園に納品しています。東京の中華料理屋さんでは麻婆豆腐などの料理にペーストを活用いただいていますが、翡翠の麻婆豆腐というメニューを開発していただきました。単に色がついているというだけでなく、食べることによって食品ロス問題に貢献できる取り組みだと思います。
―見た目でも楽しめますし、話題性もありますね。他に宇陀市と一緒に取り組んでいることがあれば教えてください。
―山口さん
電場冷蔵庫の導入です。当社の有機野菜は卸売市場には出さず相対取引をするため、計画的な出荷が必要になります。しかしながら軟弱野菜は日持ちしないため、気候によっては流通でロスが発生してしまいます。近年の温暖化により野菜の栽培が難しくなっている中で、野菜の鮮度を長期的に保持するために電場冷蔵庫を試験導入しています。実用化できれば、野菜を育てやすい時期にたくさん作り、冷蔵庫に保管しておくことで有機野菜の安定供給が可能になります。相場の状況や市場で枯渇するタイミングで出荷調整できるので、値崩れが起きません。非常に可能性のある取り組みだと思います。
―ありがとうございます。山口農園の今後の展望についてお聞かせください。
―山口さん
先ほど野菜ペーストについて紹介しましたが、その野菜ペーストから染料・墨汁を作ることに成功しました。プロの書道家をお呼びして、その墨汁を使った書を作成していただいたり、子どもたちに絵を描いてもらったりするイベントも開催しています。参加者の多くが、廃棄野菜を使った墨汁に対して興味を示すなど、食品ロスについて考えるきっかけを与えることができたと実感しています。
野菜を食べて食品ロスについて知っていただくことも大切ですが、こういった体験を通して有機農業や食品ロスについて関心を高めてもらうことも大切な取り組みです。今後は染物体験や墨汁アート体験などを、ふるさと納税の返礼品として提供することも検討しています。有機農業にこだわり続けながらも、宇陀市と共に連携を行い、食と農の活性化による魅力あるまちづくりに貢献したいです。